2007年01月31日
1・27まいどで〜びる活動報告

参加者…稲垣会長、宮平”福”会長、津波古(当会公式ブログ管理者)、”なっちゃん”、”高尾野”さん、”アキ”さん、”浦添”さん
ゲスト…”おもろまち恵憲”さん、馨子ママ
この日は1月20日、神戸で行われた"まいどで〜びる"初の県外ライブに参加した稲垣会長と”なっちゃん”がライブ終了後初めて稽古に参加しました。そして神戸のまいどで〜びる県外ライブでセッションした”おもろまち恵憲”さんと馨子ママが神戸からゲスト参加されました。
まずはいつも通り基礎練習から始めて、あと2週間後に迫った久茂地公民館まつりで演奏する「安波(あは)節」「なりやまあやぐ」「新安里屋ユンタ」を繰り返し練習しました。
ゲスト参加の”おもろまち恵憲”さんと馨子ママは「安波節」と「なりやまあやぐ」は初めて聞くという事で、歌詞を目で追いながら聞いていました。
宮古民謡の「なりやまあやぐ」は一旦通しで歌って、その後「なりやまあやぐ」の2番の歌詞にある”参いて”と”なりぶりさます°な主”の”す°”の発音を私(つはこ)がお手本をやりました。
”参いて”は「んみゃいってぃ」と発音します。
それから”す°”の発音は口を「あいうえお」の「い」の形をしながら、舌を前歯の後ろに軽くあてて「ぃず」と言います。
宮古の言葉は50音表記にない独特の発音をするので、文字にするのは難しいです。
これらの発音を踏まえて「なりやまあやぐ」の1番と2番の歌詞を歌いました。
皆さん発音を意識しながら、ちゃんと歌えていたので良かったです。
「新安里屋ユンタ」は1番と2番は普通に歌い、3番、4番は飛ばして5番を宮平”福”会長が少し歌詞を替えて皆で歌いました。
ちなみに5番の歌詞は…
♪サー沖縄良いとこ 一度はおいで(サーユイユイ)
春夏秋冬 緑の島に
(マタハーリヌツィンダラカヌシャマヨー)
ですが、宮平”福”会長が作詞したものは…
♪サー公民館は良いとこ 一度はメンソーレ
(サーユイユイ)
春夏秋冬 笑顔の花が咲く
(マタハーリヌツィンダラカヌシャマヨー)
と上手く替えています。
宮平”福”会長、ずみっ!(宮古島の言葉で”最高!”の意味)
そして、練習時間が残り少なくなってきたので、宮平”福”会長と私(津波古)が稲垣会長の笛を入れながら宮古民謡の「とうがに」と「伊良部とうがに」を歌いました。
「とうがに」は2人で合唱して、「伊良部とうがに」は1番の歌詞を津波古が歌い、4番を宮平”福”会長が歌いこの日の稽古は終わりました。
この後、久茂地公民館近くにある居酒屋「あかがーら」で神戸での県外ライブ成功記念の打ち上げを行いました。この打ち上げの様子については後日お伝えしますので、乞うご期待!
以上、活動報告を終わります。
次回のまいどで〜びる活動報告をお楽しみに!
2007年01月30日
「あるある」ねつ造が恒常化!?

関西テレビの人気番組「発掘!あるある大事典2」の納豆ねつ造問題が大きな問題になっている矢先に新たなねつ造が3件あった事が分かった。
1つ目は「あるある大事典2」の前身である番組で、1998(平成10)年に放送した”レタスを一定量食べると不眠症の改善になる”といった内容である。
実際は実証されたデータはないのにもかかわらず、いかにもレタスを食べて科学的データがあったように見せ掛けたものを放送したという。
2つ目は去年2月に放送した「みそ汁でヤセる!?」という見出しで、アメリカの研究者の見解をいかにもみそ汁はダイエットに効果があるようにと研究者本人が言っている意見と全く違う都合の良いように翻訳されている事が研究者本人の証言で分かった。また、みそ汁を飲んでヤセたという科学的データがないのにもかかわらず、結果があったように見せ掛けた事も関係者の証言で明らかになった。
3つ目は「小豆を食べるとダイエットに効く!?」という見出しで、実際には科学的に実証されたデータがないのにもかかわらず、実際に効果があったように見せ掛けたものを放送したという。
「発掘!あるある大事典」は”生活情報番組”というジャンルでは人気と信頼性の高さと誇っていた。しかし、その裏にはこのような黒い影が存在していたとは誰も知らなかった。
今までこの番組に出演した有名人の方々が何も知らずに番組に出ていたとなると、大変気の毒でならない。
そして何より全国の視聴者の信頼を著しく裏切った責任はとても重大である。
テレビ局や番組制作会社がこのような事をしていては番組を作る事、放送する資格は全くありません。
これらの会社には「ねつ造」を未然に防ぐ対策を作る必要があると私は思う。
私も視聴者の一人として、厳しい目でテレビ番組を見ていきたい。
2007年01月28日
ムーチーの後
おとといは旧暦の12月8日でムーチー(鬼餅)でした。
黒糖や紅芋などいろんな味付けされた餅をサンニン(月桃)の葉でくるんで、それを食べると一年間健康でいられるという沖縄ならではの風習です。
皆さんはどの味のムーチーが好きですか?
私(つはこ)は黒糖が好きです。
さて、このムーチーの頃になると急に寒くなる事を沖縄では「ムーチービーサ−」といって、例年なら本格的な冬を告げるものなのですが、今年は暖冬の影響で22℃と暖かく「ムーチービーサー」ではありませんでした。
しかし、今日は「ムーチービーサー」ではありませんが北風が強く日中の気温も16℃までしか上がらないようで、暖かい沖縄とはいえさすがにジャンパーやコートを羽織らないと風邪をひいてしまいます。
まぁ、今日は年に一度くらいしか入らない湯舟にでも入ろうかなぁ。
2007年01月26日
まいどで〜びる初の県外ライブレポート
今日は先週土曜日、神戸で行われた”まいどで〜びる”初の県外ライブのレポートをお送りします。
『満月の夕・避難所ゆんたくセッションinナダfromナハwith沖縄おでん』レポート
1月20日(土)に神戸で行われたまいどでーびるのユニット「ユニット久茂地1・17」セッションの報告です。
【18:00】
・神戸市灘区、水道筋商店街の片隅の「Cafe P/S」にて。
開店30分前から、店前には行列が。この地域は、長嶺暁が生まれ育ったエリア。
戦後まもなく、本土との航路が断絶したため帰れなくなった沖縄出身者たちが立ち上げた闇市が発祥の市場がすぐ近くにある。この店は月1回、沖縄おでんの店「通い船」になるのですが、阪神淡路大震災の避難所状態を再現して唄おうという本企画にあたり、当時の「あたたかいもののありがたさ」を思い出そうと沖縄おでんが臨時提供されました。
【19:00】
「避難所」となった狭い店内は、30人の「被災者」でごったがえし状態。寒い中、店外にもテーブルを設置し、ストーブにあたりながらの人も。馨子ママが研究を重ねて開発した沖縄おでんの「炊き出し」に酒が入り、悲しい震災の中にも心暖まるコミュニケーションがあったことが思い出されるなか、長嶺暁(1stS)、普天間夏子(F)、おもろまち恵憲(2stS)、MJ(G)による「満月の夕」でスタートしました。いきなりサビの「やさほーや唄が聞こえる」で歌声酒場状況に。

※「満月の夕」
12年前のあの日、消防車や救急車、自動車ライトが交錯するだけの漆黒の闇につつまれた瓦礫の街に、明るく黄色い満月が上がった。この状況を、ボーカルが被災地出身だったソウルフラワーユニオンが唄ったもの。避難所や仮設住宅で唄われたが、被災当事者だった自分たちにとって当時は唄どころではなく、実は私がこの曲を聞いたのは震災から4年後くらいに沖縄・東村の「満月まつり」でのこと。ヤンバルで思いもかけず神戸の震災の唄に出会って涙した私は、すぐさま神戸に持ち帰り仲間と歌うようになった。
また、平安隆がウチナ−グチバージョンでカバーしており、映画「豚の報い」の主題歌になっている。
「風が吹く港の方から 焼跡を包むようにおどす風
悲しくてすべてを笑う 乾く冬の夕べ」
あの夜、危険で恐ろしい廃虚の街で、夜になっても生き場所がなくさまよう自分たちを満月が優しく、昼間のように明るく照らしてくれたことから、1部はこの曲をはじめ月にちなんだ歌をメインにエントリーしました。
参加した人も一緒に歌えるよう、テキストも作って配付。なので、セッションは歌会というより集会の状況に。「ユニット久茂地」の存在意義は、歌を聞かせるというよりみんなで歌う場を作ることです。当時「震災から復興へ」で住民が立ち上がるためには連帯や結束が必要となったのですが、そうした大衆運動として欠かせない音楽を共有、共歌することで当時の心のつながりを再現できればという思いでこの日に臨みました。
ここのおでん店名となった、喜納昌永(昌吉の父)の「通い船」もセッション。大阪でマルフクレコードを創業した沖縄県出身の普久原朝喜が、米軍統治となって6年後の昭和26年に神戸—那覇間に黒潮丸が就航し戦後はじめて本土と沖縄との行き来が可能になったことを喜び、神戸港中突堤で作詞作曲して沖縄で大ヒットした曲。まさに神戸と沖縄をつなぐ架け橋の唄です。
「嬉し懐かしや 振別りぬ港
いちまでぃん肝に 染みてぃでむぬ」
【20:00】
・那覇市、久茂地公民館5F「まいどでーびる唄三線の会」にて。
宮平福会長のコンダクトで、メンバーが神戸灘に呼応して「月ぬ美しゃ」を合奏熱唱。一方、神戸灘でも三線2本、笛1本で、あの日の廃虚を照らした月を思い出しながら「月ぬ美しゃ」を静かに謡いました。
【20:40】
・再び、神戸市灘区、水道筋商店街の片隅の「Cafe P/S」にて。
まさに大衆運動としての労働歌で、第2部がスタート。「聞け万国の労働者」「デモクラシー節〜デカンショ節」をメドレーで、神戸市、兵庫県、そして沖縄県の3自治体の職労代表としてお客さんがハードな三線と笛に合わせ熱唱。ボルテージがますます上がったところで屋嘉圭祐(G)が名古屋から到着。沖縄2—名古屋1—灘2のシフト「ユニット久茂地なだたまサミット」となり、参加者の歌声はさらにヒートアップしていきました。沖縄から来ていることで、やはり沖縄のポピュラーソングのリクエストで大盛り上がり。ハプニングとアドリブの連続による合唱が続くことになります。「花」では、お客さんが手話を披露、全員で手話と唄と行いました。ちなみに長嶺と普天間も手話歌ができます。
やがて、灘区在住の小学4年生のカイ君が、両親と一緒に「しあわせ運べるように」を三線、ギター、笛に合わせ熱唱。
「地震にも負けない 強い大人になって
亡くなった方々の分も 毎日を大切に生きていこう
傷ついた神戸を もとにもどそう
支えあう心と明日への 希望を胸に」
この詞は、震災時に神戸市の小学校の先生が避難所で思いをつづったもの。12月のルミナリエ点灯式でも歌われ、神戸の小学生にとってはソウルナンバーといえる曲です。
【21:00】
そんなうちに時間は過ぎ、近隣への配慮もありフィナーレに。震災の年、沖縄から神戸に送られた千羽鶴とともに送られたメモ書きが曲になった「つる」と「満月の夕」を全員で。
「つるをつなぐたんびに 人が生き返ったら
どんなにいいだろう
つるをつなぐたんびに 家が直ってくれたら
どんなにいいだろう
つるをつなぐと願いがかなう そんなつるがいたら
どんなにいいだろう」
当時那覇の小学4年生だった「かなこちゃん」が、徹夜で千羽鶴を折った後、何気なくメモ書きしたこの詞に東灘のおっちゃんが曲をつけて避難所をまわって歌っていました。この詞は避難所や仮設住宅では墨書されて貼られ、人々を励ましました。
あっというまに時間がたち、エンディング。「西灘口説」「おとん自慢のプリンセスソース」「復興節」「灘酒作歌」などが次回への持ち越しになり、参加者から残念がられました。酔うほどに歌い、謡うほどに酔うひとときを30人で共有しつつ、夜は賑やかに深けて行きました。沖縄と神戸灘の心と心がつながった、いい時間でした。
みんなが仲良く歌うことが、遠く離れた沖縄の仲間も心を寄せて歌ってくれることが、6400人の死を無駄にしないことにつながり、生きている自分たちにとっても生き抜く力になることになれば、これほど嬉しいことはないです。
灘の達人によるHPで、この日のことが記されたブログが公開されています。筆者は本セッションの仕掛人で編集者で地元のソウルミュージシャンで、この日一緒に謡ったギター担当のMJ氏です。
なお、27日(土)のまいどでーびる練習会に、ユニット久茂地の2st三線「おもろまち恵憲」と沖縄おでんの馨子ママが神戸灘よりスペシャル参加します。
平成19年1月26日
『満月の夕・避難所ゆんたくセッションinナダfromナハwith沖縄おでん』レポート
1月20日(土)に神戸で行われたまいどでーびるのユニット「ユニット久茂地1・17」セッションの報告です。
【18:00】
・神戸市灘区、水道筋商店街の片隅の「Cafe P/S」にて。
開店30分前から、店前には行列が。この地域は、長嶺暁が生まれ育ったエリア。
戦後まもなく、本土との航路が断絶したため帰れなくなった沖縄出身者たちが立ち上げた闇市が発祥の市場がすぐ近くにある。この店は月1回、沖縄おでんの店「通い船」になるのですが、阪神淡路大震災の避難所状態を再現して唄おうという本企画にあたり、当時の「あたたかいもののありがたさ」を思い出そうと沖縄おでんが臨時提供されました。
【19:00】
「避難所」となった狭い店内は、30人の「被災者」でごったがえし状態。寒い中、店外にもテーブルを設置し、ストーブにあたりながらの人も。馨子ママが研究を重ねて開発した沖縄おでんの「炊き出し」に酒が入り、悲しい震災の中にも心暖まるコミュニケーションがあったことが思い出されるなか、長嶺暁(1stS)、普天間夏子(F)、おもろまち恵憲(2stS)、MJ(G)による「満月の夕」でスタートしました。いきなりサビの「やさほーや唄が聞こえる」で歌声酒場状況に。

※「満月の夕」
12年前のあの日、消防車や救急車、自動車ライトが交錯するだけの漆黒の闇につつまれた瓦礫の街に、明るく黄色い満月が上がった。この状況を、ボーカルが被災地出身だったソウルフラワーユニオンが唄ったもの。避難所や仮設住宅で唄われたが、被災当事者だった自分たちにとって当時は唄どころではなく、実は私がこの曲を聞いたのは震災から4年後くらいに沖縄・東村の「満月まつり」でのこと。ヤンバルで思いもかけず神戸の震災の唄に出会って涙した私は、すぐさま神戸に持ち帰り仲間と歌うようになった。
また、平安隆がウチナ−グチバージョンでカバーしており、映画「豚の報い」の主題歌になっている。
「風が吹く港の方から 焼跡を包むようにおどす風
悲しくてすべてを笑う 乾く冬の夕べ」
あの夜、危険で恐ろしい廃虚の街で、夜になっても生き場所がなくさまよう自分たちを満月が優しく、昼間のように明るく照らしてくれたことから、1部はこの曲をはじめ月にちなんだ歌をメインにエントリーしました。
参加した人も一緒に歌えるよう、テキストも作って配付。なので、セッションは歌会というより集会の状況に。「ユニット久茂地」の存在意義は、歌を聞かせるというよりみんなで歌う場を作ることです。当時「震災から復興へ」で住民が立ち上がるためには連帯や結束が必要となったのですが、そうした大衆運動として欠かせない音楽を共有、共歌することで当時の心のつながりを再現できればという思いでこの日に臨みました。
ここのおでん店名となった、喜納昌永(昌吉の父)の「通い船」もセッション。大阪でマルフクレコードを創業した沖縄県出身の普久原朝喜が、米軍統治となって6年後の昭和26年に神戸—那覇間に黒潮丸が就航し戦後はじめて本土と沖縄との行き来が可能になったことを喜び、神戸港中突堤で作詞作曲して沖縄で大ヒットした曲。まさに神戸と沖縄をつなぐ架け橋の唄です。
「嬉し懐かしや 振別りぬ港
いちまでぃん肝に 染みてぃでむぬ」
【20:00】
・那覇市、久茂地公民館5F「まいどでーびる唄三線の会」にて。
宮平福会長のコンダクトで、メンバーが神戸灘に呼応して「月ぬ美しゃ」を合奏熱唱。一方、神戸灘でも三線2本、笛1本で、あの日の廃虚を照らした月を思い出しながら「月ぬ美しゃ」を静かに謡いました。
【20:40】
・再び、神戸市灘区、水道筋商店街の片隅の「Cafe P/S」にて。
まさに大衆運動としての労働歌で、第2部がスタート。「聞け万国の労働者」「デモクラシー節〜デカンショ節」をメドレーで、神戸市、兵庫県、そして沖縄県の3自治体の職労代表としてお客さんがハードな三線と笛に合わせ熱唱。ボルテージがますます上がったところで屋嘉圭祐(G)が名古屋から到着。沖縄2—名古屋1—灘2のシフト「ユニット久茂地なだたまサミット」となり、参加者の歌声はさらにヒートアップしていきました。沖縄から来ていることで、やはり沖縄のポピュラーソングのリクエストで大盛り上がり。ハプニングとアドリブの連続による合唱が続くことになります。「花」では、お客さんが手話を披露、全員で手話と唄と行いました。ちなみに長嶺と普天間も手話歌ができます。
やがて、灘区在住の小学4年生のカイ君が、両親と一緒に「しあわせ運べるように」を三線、ギター、笛に合わせ熱唱。
「地震にも負けない 強い大人になって
亡くなった方々の分も 毎日を大切に生きていこう
傷ついた神戸を もとにもどそう
支えあう心と明日への 希望を胸に」
この詞は、震災時に神戸市の小学校の先生が避難所で思いをつづったもの。12月のルミナリエ点灯式でも歌われ、神戸の小学生にとってはソウルナンバーといえる曲です。
【21:00】
そんなうちに時間は過ぎ、近隣への配慮もありフィナーレに。震災の年、沖縄から神戸に送られた千羽鶴とともに送られたメモ書きが曲になった「つる」と「満月の夕」を全員で。
「つるをつなぐたんびに 人が生き返ったら
どんなにいいだろう
つるをつなぐたんびに 家が直ってくれたら
どんなにいいだろう
つるをつなぐと願いがかなう そんなつるがいたら
どんなにいいだろう」
当時那覇の小学4年生だった「かなこちゃん」が、徹夜で千羽鶴を折った後、何気なくメモ書きしたこの詞に東灘のおっちゃんが曲をつけて避難所をまわって歌っていました。この詞は避難所や仮設住宅では墨書されて貼られ、人々を励ましました。
あっというまに時間がたち、エンディング。「西灘口説」「おとん自慢のプリンセスソース」「復興節」「灘酒作歌」などが次回への持ち越しになり、参加者から残念がられました。酔うほどに歌い、謡うほどに酔うひとときを30人で共有しつつ、夜は賑やかに深けて行きました。沖縄と神戸灘の心と心がつながった、いい時間でした。
みんなが仲良く歌うことが、遠く離れた沖縄の仲間も心を寄せて歌ってくれることが、6400人の死を無駄にしないことにつながり、生きている自分たちにとっても生き抜く力になることになれば、これほど嬉しいことはないです。
灘の達人によるHPで、この日のことが記されたブログが公開されています。筆者は本セッションの仕掛人で編集者で地元のソウルミュージシャンで、この日一緒に謡ったギター担当のMJ氏です。
なお、27日(土)のまいどでーびる練習会に、ユニット久茂地の2st三線「おもろまち恵憲」と沖縄おでんの馨子ママが神戸灘よりスペシャル参加します。
平成19年1月26日
「ユニット久茂地1・17」長嶺暁
2007年01月25日
いきなり冬?
ここ2、3日暖かい日が続いていたのに、明日のムーチー(鬼餅)を迎えるかのように昨日から今日にかけて寒くなってきた。日差しは時よりあるものの、風がやや強いために寒く感じるのである。寒暖の差があるので、体調を崩さないように気を付けておくべきである。
私の周りでも寒暖の差が影響しているのか分からないが、風邪をひいている人もいるので私も油断しないように心掛けたい。
こういう寒い日は鍋料理が恋しくなるよね。
皆さんの好きな鍋料理は何ですか?
ちなみに私(つはこ)は石狩鍋が好きです。
2007年01月24日
「ミリオネア!」今春終了
フジテレビ系のクイズ番組「クイズ ミリオネア!」が今春で一旦放送を終了する事が決まった。
当初は平均視聴率10%を保っていたが、ここ最近視聴率が1ケタ台に落ち込んでいたらしい。そこでフジテレビは毎週木曜日のレギュラー放送を一旦終了し、この番組を春と秋の番組改編時の特番として放送する考えのようである。
私の好きなクイズ番組である「ミリオネア!」が終わるのは寂しいが、特番でやるという事でホッとしている。
2007年01月23日
1・20まいどで〜びる活動報告

参加者…宮平”福”会長、津波古(このブログの管理人)、”マジックK”さん、”浦添”さん、”高尾野”さん、”アキ”さん、”M”さん(仮名)の計7名
・この日は”まいどで〜びる”の稽古を見学したいという”M”さんがいらっしゃいました。
・宮平”福”会長が八重山民謡の「月ぬ美(かい)しゃ節」の工工四(くんくんしー=三線の楽譜)を持ってきて、午後8時になったら神戸に向けて弾こうという提案がありました。なぜ神戸に向けて「月ぬ美しゃ節」を弾くかって?それは練習内容の部分で説明します。
さて、練習内容は…
三線の勘所(人差し指)の使い方(=押さえ方)を見学の”M”さん以外のメンバー全員で繰り返しやってその後、2007年になって初めて練習に参加した”マジックM”さんに宮平”福”会長が来月行われる久茂地公民館まつりで「安波(あは)節」「なりやまあやぐ」「安里屋ユンタ」の3曲弾く旨を話して、その後”慌てずゆっくり弾く事”に気をつけながら最初に「安波節」を2、3度繰り返し練習しました。
「安波節」は前にも書きましたが、三線の習い始めに練習する曲で「尺」や「八」の勘所(=ツボ)がないので初心者には打って付けの曲なのです。
午後8時…。
宮平”福”会長の合図で神戸に向けて「月ぬ美しゃ節」を弾きました。
ところで「月ぬ美しゃ節」を弾いた理由は…
この日、”まいどで〜びる”会長の稲垣さんと”なっちゃん”、”まいどで〜びる”名古屋支部長の”まっちゃん”の3名が神戸市にあるライブハウス「Cafe P/S」で『満月の夕・避難所セッション in ナダ from ナハ』と銘打った”まいどで〜びる”初の県外ライブを行っていたからです。
3名それぞれのライブネームは…
・稲垣さん…長嶺暁
・”なっちゃん”…普天間夏子
・”まっちゃん”…屋嘉圭祐
です。
余談になりますがこのライブを開催した意味は…
『2000(平成12)年くらいから、震災で亡くなった人やあのときの援助に対する感謝の気持ちを忘れないために、酒や音楽の仲間で集まってセッションをやってきました。震災当日が満月だったのですが、救急車と消防車の明かりしかない瓦礫(がれき)の町を優しく明るく照らしてくれた月だったので、月にちなんだ曲の多い八重山民謡を中心に謡ってきました。昨年まいどで〜びるが開始して初めてのセッションとなります。』(by 長嶺暁)
私たち沖縄のまいどで〜びるメンバーは神戸のライブをやっている3名へエールを送るために気持ちを込めて「月ぬ美しゃ節」を唄いました。
そして、宮古民謡の「なりやまあやぐ」を”M”さん以外のメンバー全員で唄う前にお手本として私(津波古)が1番と2番を唄いました。その後、”マジックK”さんと”浦添”さんから質問があったので、宮平”福”会長と私(津波古)でお答えして、「安波節」と同じように2、3度繰り返し練習しました。
ここで一旦、小休止。
小休止を終えてすぐに「安里屋ユンタ」を慌てずゆっくり繰り返し練習しました。
この唄も「安波節」とほぼ同じように「尺」の押さえがないので、初心者でも上手く弾けます。
練習時間が残り少なくなったところで、”マジックK”さんのリクエストでBEGINの「島人(しまんちゅ)ぬ宝」を宮平”福”会長と津波古の2人で唄いました。
この唄は私の好きな曲で、CDでしょっちゅう聞いていてメロディは覚えていたので上手く弾けました。唄い終わった後、残りのメンバーから拍手をもらい少し照れくさかったです。この日の練習はここで終わりました。
”マジックK”さん、”浦添”さん、”高尾野”さん、”アキ”さんの4名には「安波節」「なりやまあやぐ」「安里屋ユンタ」の3曲を残り3週間弱で覚えて下さいというのは結構キツいかもしれませんが、是非頑張って欲しいです。
以上、活動報告を終わります。
次回のまいどで〜びる活動報告をお楽しみに!
2007年01月22日
納豆ダイエットはニセモノ
人気番組「発掘!あるある大事典Ⅱ」で放送した納豆ダイエットの内容がすべてでっち上げだった事が制作元の関西テレビが発表した。
実際には大した結果が出ていないのにもかかわらず、放送分では科学的データを公表し納豆のダイエット効果があったとしていたのである。
この放送終了後、スーパーの納豆売り場は連日売り切れ状態が続き、納豆メーカーも原料不足で生産が間に合わないという異常事態だった。
しかし、納豆ダイエットの内容がでっち上げたものだという事がテレビ局から発表があり、今までの事がすべて台無しとなってしまった。
この事実により、テレビ局の信頼を損なうだけでなく健康食品として定着している納豆のイメージを悪くしてしまった。
そして番組自体は来週以降打ち切りの可能性も否めないらしい。
制作するテレビ局は二度とこのような事がないよう再発防止策を講じるべきである。
2007年01月19日
祝!8000アクセス達成!!

こんにちは、まいどで〜びる島唄三線の会です。
いつも「まいどで〜びる島唄三線の会 公式ブログ」をご覧頂きありがとうございます。
おかげさまで昨日1月18日をもって8000アクセスを達成する事ができました。
これも当会公式ブログをご覧頂いているすべての皆様のおかげだと思っております。
これからも「まいどで〜びる島唄三線の会」ならびに「まいどで〜びる島唄三線の会公式ブログ」をよろしくお願い致します。
平成19年1月19日
まいどで〜びる島唄三線の会
会長 稲垣 暁
2007年01月18日
”まいどで〜びる”の名前の由来
プロフィールにも書いてありますが、改めて申し上げます。
この会を主宰する4名が沖縄と関西双方にゆかりがあり、関西で”ありがとう”の意味の「まいどおおきに」と沖縄で”ありがとう”の意味の「にふぇーでーびる」を組み合わせてできたもので、現”福”会長の宮平さんの発案でした。
実際に口に出してみると、音の響きもいいし面白い名前でインパクトがあるなぁと思いこの名前に決めたのです。
”まいどで〜びる”という名前の由来が知りたいという方もいらっしゃると思いますので、この場でお答え致しました。
2007年01月17日
忘れ得ぬ記憶…

きょう17日は、慰霊の日。
私にとって、慰霊の日は
1・17と6・23の年2回あります。
阪神大震災のあった日と沖縄慰霊の日です。
あのとき、自分の住んでいたまわりもめちゃくちゃで、
みんないろんな大切なものを失いました。
自分も崩れ落ちてきたものの下敷きになりましたが、
助かりました。洋服ダンスの観音開きが開いて、
まともに押しつぶされるのを免れたのです。
となりの家の赤ちゃんは、子供ベッドの柵のおかげで
助かりました。別の親子は、ベッドから転がり落ちて
ベッドの下になり、助かっていました。
生死は紙一重だなーと思ったものです。
自分は生かされているんや、と思いました。
あのとき、いろんな地域のかたに助けていただき、
ありがたくて何度も涙が出ました。
全国各地の自治体や企業の方々が来て、
真っ暗闇の瓦礫の中で僕たちのために徹夜で
ライフラインの復旧をしてくださった姿は
一生忘れることができません。
いまもお礼を申し上げたいです。
思い出すと、涙が出てきます。
そんな気持ちをいつまでも持ち続けるために、
毎年このころに音楽と酒の好きな仲間が神戸に集まって
歌っています。
平成19年1月17日
「まいどでーびる ユニット久茂地1・17」長嶺暁
2007年01月16日
まいどで〜びる活動報告(うちな〜座談会ダダダだ〜ン編)

今日は先週土曜日に行われたまいどで〜びる島唄三線の会主催「うちな〜座談会ダダダだ〜ン」についてお伝えします。
その前に訂正があります。
昨日の記事中に記した”高野尾”さんは”高尾野”さんの誤りでした。
お詫びして訂正致します。
さ〜て、ここから本題にいきまっせ〜。
参加者:宮平”福”会長、津波古、”高尾野”さん、”浦添”さん
参加予定だった稲垣会長は急用で残念ながら出席できませんでした。
座談会は開始時刻より30分遅れの夜10時に始まりました。
この日の議題は…
・今年の抱負
・来月行われる久茂地公民館まつりに向けて
・今月の活動方針
・急きょ決まったまいどで〜びる初の県外ライブについて
・”まいどで〜びる”の活動計画(案)の公表
a.年間練習曲の決定(一曲毎の練習期間なども確認する)。
b.大まかな年間イベントのスケジュールの確認。
c.会費・参加費の会計報告。
d.”まいどで〜びる”演奏会ユニホーム作成について。
e.その他、会運営についての意見交換。
f.”まいどで〜びる”演奏会をする際のメンバー各々のステージネームについて
g.”まいどで〜びる”公式ブログに掲載するメンバー各々のブログネームについて
この中から実際に話し合われたものだけ紹介します。
1.来月行われる久茂地公民館まつりに向けて…
結論:来月11日に行われる久茂地公民館まつりで、私たち”まいどで〜びる”が歌う「安波節」「安里屋ユンタ」「なりやまあやぐ」について、初心者コースの”高尾野”さんと”浦添”さんには1ヶ月に3曲覚えて下さいと言っても正直キツイとは思う。
しかしやると決めた以上は後には引けないので、酷だとは思いますがしっかり覚える事と舞台上での立ち位置は後で決める。
2.”まいどで〜びる”の活動計画(案)の公表
・大まかな年間イベントスケジュールの確認…
結論:具体的な内容については改めてアウトライン(概要)を決めて、それに沿って活動する。
・”まいどで〜びる”演奏会のユニホーム作成について…
結論:とりあえず沖縄県産品のかりゆしウェアで対応する。
・”まいどで〜びる”演奏会をする際のメンバー各々のステージネームについて…
結論:メンバー各々の出身中学校名を使用する。
・”まいどで〜びる”公式ブログに掲載するメンバー各々のブログネームについて…
結論:ステージネームを使用する。
3.急きょ決まったまいどで〜びる初の県外ライブについて…
結論:急きょ”まいどで〜びる”初の県外ライブ開催を聞いて驚いたが、今回のライブは阪神大震災のときに歌われた曲、沖縄や神戸にちなんだ曲を歌う事が大震災で犠牲となった方々への慰めと神戸だけでなく、関西に住んでいる沖縄県出身の方達と関西の人々との交流する架け橋となればという意味で、参加する3名には”まいどで〜びる”の代表として是非頑張ってほしい。
以上が実際に話し合った内容です。
残りの議題については次回の「うちな〜座談会ダダダだ〜ン」に持ち越しとなりました。
最後に座談会に参加した”まいどで〜びる”メンバーの皆さん、本当にありがとうございました。
そして美味しい料理と美味しい酒ならびに場所を提供して頂きました知念家牧志店のスタッフの皆さん、この場を借りて感謝申し上げます。
また使わせて頂く事があるかもしれませんが、その際はどうぞよろしくお願い致します。
これで2007年最初の「うちな〜座談会ダダダだ〜ン」の報告を終わります。
次回の「うちな〜座談会ダダダだ〜ン」の報告をお楽しみに!
それでは、また!
See you later!
2007年01月15日
1・13まいどで〜びる活動報告(通常稽古編)

1・13まいどで〜びる活動報告(通常稽古編)
参加者…宮平”福”会長、津波古(当会公式ブログ管理人)、”高野尾”さん
まずはいつも通り基礎練習から始めました。
たとえある程度三線が弾けたとしても、基礎練習がしっかりできていなければ意味がないのでこの練習は重要だと思っています。
次に来月11日に行われる久茂地公民館まつりで我々まいどで〜びるが演奏する予定の「安波(あは)節」「なりやまあやぐ」「安里屋ユンタ」の3曲をやりました。
「安波節」は琉球古典の曲ではありますが、工工四(くんくんしー=三線の楽譜)を見ると「八」や打音、掛音はないので、三線初心者の方でも上手く弾けます。
「安里屋ユンタ」は原曲の「安里屋節」をより多くの人達に馴染みやすいように名曲「えんどうの花」を作曲した石垣島出身の宮良長包が編曲したもので、今では沖縄を代表する曲になっています。
「なりやまあやぐ」は宮古民謡を代表する曲で、沖縄民謡の「てぃんさぐぬ花」、八重山民謡の「デンサー節」とともに”沖縄3大教訓歌”と呼ばれています。
「てぃんさぐぬ花」や「デンサー節」の歌詞はそう難しくないのですが、「なりやまあやぐ」は歌詞の中に宮古独特の発音をする部分があるので難しいと思います。
余談が長くなってしまいましたが…
「安波節」は1番と3番、「安里屋ユンタ」は1番、2番、5番(5番はまいどで〜びるオリジナルの歌詞)、「なりやまあやぐ」は1番と2番をそれぞれ繰り返しやりました。
”高野尾”さんは「安波節」、「安里屋ユンタ」は何とか弾いて歌えますが、「なりやまあやぐ」は初めてという事で歌う前に宮平と津波古で歌詞の簡単な解説をしてから、我々2人と一緒に弾きました。”高野尾”さんにはこの歌はキツいかもしれませんが、このハードルを乗り越えれば次のステップにつながると思うので是非マスターして頂きたいです。
そして残り20分になったところで、宮平と津波古は宮古民謡の「豆が花」と「伊良部とうがに」の2曲を歌って稽古を終えました。
このあと行われた”うちな〜座談会ダダダだ〜ン”で話し合った内容については明日(16日)に掲載しようと思っていますので、今日はこの辺で終わります。
それでは、また明日!
See you tomorrow!
2007年01月12日
うちな〜座談会兼新年会 議題追加修正版

昨日、うちな〜座談会兼新年会開催の詳細を掲載しましたが、まいどで〜びる”福”会長の宮平より追加議題の提案がありましたのでご報告致します。
予め決まっている議題は…
①メンバーそれぞれの新年の抱負
②来月行われる久茂地公民館まつりに向けて
③今月の活動方針
④まいどで〜びる初の県外ライブに向けての抱負
上記の議題に追加する議題は…
・まいどでーびる”の活動計画(案)の公表。
a.年間練習曲の決定。(一曲毎の練習期間なども確認する。)
b.大まかな年間イベントスケジュールの確認。
c.会費・参加費の会計報告(^O^)/
d.“まいど”演奏会ユニホーム作成について。
e.その他、会運営についての意見交換。
etc、、、
ライブを行う際に使用するメンバーのステージネームについて(笑)などなど
明日行われるうちな〜座談会の決定事項については、後日報告しますのでお楽しみに!
2007年01月11日
うちな〜座談会ダダダだ〜ン兼新年会開催のお知らせ!

こんにちは、まいどで〜びる島唄三線の会です。
まいどで〜びる恒例の「うちな〜座談会ダダダだ〜ン」と新年会を一緒にやっちゃいます。
座談会兼新年会の詳細は下記のとおり…
うちな〜座談会ダダダだ〜ン兼新年会
日 時:2007(平成19)年1月13日(土) 午後9時30分スタート
会 場:知念家牧志店
新年最初の座談会。議題は…
①メンバーそれぞれの新年の抱負
②来月行われる久茂地公民館まつりに向けて
③今月の活動方針
④まいどで〜びる初の県外ライブに向けての抱負
①〜③は予め決めていた議題です。
④は急きょ決定したまいどで〜びる初の県外ライブに向けて、参加するメンバーに抱負・意気込みなどをお聞きしたいので、議題に追加しました。
まぁ、こんな感じでやりたいと思います。
座談会兼新年会の様子は後日お伝えしますので、どうぞお楽しみに!
2007年01月10日
まいどで〜びる初の県外ライブ開催!

まいどでーびる島唄三線の会のユニット「ユニット久茂地1・17」(ライブネーム長嶺暁、屋嘉圭祐=名古屋在住、普天間夏子)が、1月20日(土)17時半から神戸市灘区水道筋1丁目のCafe P/Sで「満月の夕・避難所セッション inナダ fromナハ」を行います。
同地は長嶺の故郷。店は阪急六甲と王子公園駅の中間にある水道筋市場のカフェで、月1回「通い船」の店名で沖縄おでん屋になります。
阪神大震災の被災地で唄われた曲や、震災当日が満月であったことから月にちなんだ八重山民謡や沖縄民謡、オキナワンソウル(情け唄)なんかをやります。ゲストは地元のソウルミュージシャンMJ氏です。
ライブといえばカッコいいですが、実際は震災当時の避難所炊き出しを思い出しながら沖縄おでんに酔ってはみんなで謡い、謡っては酔うという参加型ゆんたくセッションです。
ちなみにメンバーのライブネームは出身中学校名からとっています。
翌日21日は三宮の「遊唄屋南風坊」(神戸市中央区下山手通2-12-23)で18時ごろから行われる「2007満月謡会」に出ています。
こちらはフリードリンクとごはんで3500円の予定です。
2007年01月09日
平成19年最初のまいどで〜びる活動報告

平成19年最初のまいどで〜びる活動が1月6日に行われました。
参加者・・・宮平”福”会長、津波古(当会公式ブログ管理人)、初心者コースの方1名の計3名
この日は宮平”福”会長が「祝節」「遊びションガネー」「てぃんさぐの花(三下り)」「二見情話」の工工四(くんくんしー=三線の楽譜)を新たにコピーして持って来て、そのうちの「二見情話」以外の曲を一通りやりました。
「祝節」は三線は上手く弾けるのですが、歌詞が難しくて1番の歌詞は何とか覚えている程度で2番と3番は全く覚えていないので、少しずつやっていきたいと思います。
「遊びションガネー」は私(つはこ)はこの曲名は聞いた事はあったのですが、実際に弾くのはこの時が初めてなので当然歌詞は全然分からないわけで上手く唄えませんでした。この曲は是非マスターしたいと思います。
「祝節」と「遊びションガネー」はそれぞれ1番の歌詞を繰り返し練習し、歌詞を覚えるのと唄い方を学びました。
「てぃんさぐの花(三下り)」はテレビ・ラジオなどで何度も聞いた事がありメロディは分かるので、何とか唄えました。ところが三線は私(つはこ)が習った「てぃんさぐの花」は本調子のもので練習したので、三下りの「てぃんさぐの花」があるとは知らなかったのでとても勉強になりました。本調子の「てぃんさぐの花」と三下りの「てぃんさぐの花」の違いは工工四が全く異なっているという点です。本調子のものは最初の音が「老」で始まるのに対し、三下りのものは「中」で始まっているのです。
私たち3名は「てぃんさぐの花」をとりあえず1番の歌詞を繰り返し練習し、それから2番3番という風に進めていきました。
そして練習時間が残り20分少々となったので、来月11日に開催される久茂地公民館まつりで歌う曲をとりあえず決めておこうという事で宮平”福”会長からの提案で「安波節」の1番と3番の歌詞と「新安里屋ユンタ」の1番・2番・5番の歌詞、そして「なりやまあやぐ」の1〜3番までを時間を計りながら歌った。たくさんの団体が参加する久茂地公民館まつりで私たちまいどで〜びるに与えられた時間は8分。その8分以内で歌えるかを試してみようという事でやってみました。その結果、「安波節」は2分30秒、「新安里屋ユンタ」は3分、「なりやまあやぐ」は3分30秒の計8分30秒と規定時間を30秒オーバーするので「なりやまあやぐ」は2番までで終わろうという事にしました。
次回はこの3曲をもう一度時間を計りながら歌おうと思います。
以上、平成19年1月6日の活動報告を終わります。
次回の活動報告をお楽しみに!
2007年01月08日
寒いねぇ

昨日から今日にかけて全国的に大荒れの天気で、暴風や高波などで交通機関も一部はストップしたところもあり、まさに冬の嵐である。
沖縄も昨日から今日にかけて急に寒くなり、昨日は那覇で日中15℃までしか上がらなかったようで、ようやく本格的な冬到来といった感じである。
暖冬とはいえ油断は禁物である
2007年01月05日
☆まいどで〜びるからお知らせです☆

こんにちは、まいどで〜びる島唄三線の会です。
明日(1月6日)夜7時からまいどで〜びる島唄三線の会の弾き始め(ハチウクシー)をやります。新年最初という事でより多くの会員の皆さんに参加して頂きたいので、お忙しいとは思いますが、何卒よろしくお願いします。
何を弾くかは明日までのお楽しみとさせて頂きます!
久しぶりに会員の皆さんと会えるので、とても楽しみにしています。
2007年01月04日
仕事始めなのに・・・

今日から仕事始め。
正月気分から完全に抜け切れていない私(つはこ)。
清々しい天気に恵まれて、また新たな気持ちで始めよう...
と思ったのに、天気はあいにくの雨模様

まぁ、仕方ないかぁ。
この天気を吹き飛ばすくらい気合いを入れて頑張っていこうっと。
今年は去年できなかった事をしっかりやっていきたい。



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